新勧式、クラブ・同好会紹介の席で
トップバッターとなった三束元生はマイクを持つやこう言った。
「諸君。地球はぼくを中心に回っている」
場内は整然としていた。
誰もがギャグか比喩か分かりかねて沈黙を守るなか三束元生部長の言葉は続いた。
「諸君。ぼくがこんなことを言えば、きみたちは『ああ、あいつはバカか』と思うだろう。
そして言うだろう。
地球は太陽を中心に回っているのだ。そんな事も知らないのか?と。
ああ、もちろんそれは知っている。
それでもなお、ぼくは繰り返そう。地球はぼくを中心に回っていると。
そして、それを笑うものに問おう。
なるほど、地球は太陽の周りを回っているかもしれない。
だが きみは、本当にそう思えるのか?
それをその目でしかと見、その身で体験しているのか?
この地球に生きる者ならだれしも、日が昇り沈むのを目にしたことがあるだろう。
(こ こでおれはないぞ!と野次が上がったが部長は気にしなかった。)
だがそれを目にしたとき、君は確かに思えたか? 地球が太陽の周りを回っていると。
そう感じることができたのか。
━━こう聞くと、
あるいはこう答えるものがいるかもしれない。物事は相対的なものだと。
だから、地球上にいる限り
地球が太陽の周りを回っているのを感じる事はできないのだ、と。
そうともそれは正しい。
物事はすべて相対的なものであり、人は地球にいる限り地球を中心に感じるしかない。
だからこそ、ぼくはたずねよう。
きみたちは将来太陽に住むつもりなのかと。
(ここで再びだれかの野次が入った。
コウには聞き取れなかったが、三束元生は微笑んだ。)
なるほど確かに、それが真理なのかもしれない。
相対的にはどうあろうとも、太陽のほうが質量があり、だから地球は太陽の周りを回る。
その逆はありえない。
だがきみは、何をもって真理というか知っているか?
真理とは、それが正しいから真理と言うのではない。
世に真理とされているものは、それがもっとも単純かつ普遍だからこそ真理とされるのだ。
宇宙を研究するには太陽 を中心に考えた方がシンプルに説明がつく、
だからこそそれが真理とされる。そしてきみは知っているか?
例えば巨視的な、あるいは微視的な世界においては、だれもが知る
一+一=二という定理すら真理ではなくなる。
いいか、諸君、あるレベルにおいては一+一は二ではない、
という真理がまったく当たり前に存在するのだ。
にもかかわらす一 +一=二が不変の真理として通用しているのは、
われわれの生活レベルにおいてそれがもっともシンプルかつ普遍なものだからだ。
量子レベルでの真理などわれわれには関係 なく、そのレベルで真理など必要ない。
だから諸君は、あるところでは間違っている一+一=二という定理を
まったくの真実として教えられてきているのだ。
シンプルで便利だからこそ。
それが、真理と言うものなのだ。
そして、そう考えたとき、君達の普遍とは、シンプルさとは、なんだ?
そう、天文学者や物理学者、宇宙飛行士たちにとって、
太陽が中心という真理は生活に密接している。
そういう人たちは、あるいはそうした真理を体感できるかもしれな い。
彼らにとって太陽が中心というのは至極シンプルであり、普遍な真実だろう。
だがそうでないきみたちにとって、それは本当にそうか?真理なのか?真実なのか?
ぼくは違う。
ぼくはいまだかつて、自分が太陽の周りを回るところなど想像できたことがない。
ぼくは日が昇り、沈むのを感じることができるが、
ぼく自身が地球とともに昇ったり沈んだりしているのを感じる事はできない。
無理にそれを感じようとすれば、複雑で、難しく、頭が痛くなってしまう。
だからぼくにとって、それは単なる知識に過ぎない。
ぼくにとって真理とは、知識ではなく、ぼくがこの身で感じたことであり、
それはつまり太陽がぼくの周囲を回っている、ということなのだ。
それがぼくの真実であり、ぼく が見つけた真理なのだ。
だからぼくは何度でも言おう。太陽はぼくを中心に回っていると。
そして遅ればせながら、諸君を歓迎しよう。
ようこそ新入生諸君。
一+一がときには二にならない世界へ。
義務教育とは、言わば一+一が必ず二になることを信じてよかった世界だ。
だがここからは違う。
もしもその気があれば君たちは実にいろいろな事を学ぶことができるだろう。
それは必ずしも一+一が二にならない世界であり、
善が必ずそうとは限らない世界であり、悪をただ悪と思うことが許されない世界だ。
神は必ずしも愛ではなく、真 実にはさまざまな見方があり、
そしてそれらはすべて、きみに選択肢を迫る。
そして諸君、義務教育は終わった。これからはきみたちは自らの手で知識を、
情報を探り、取捨 選択をする事になる。もちろんそのまま受け止めてもいい。
そう、ここにも常識はあり、真理があり、当たり前がある。
だがそれを選ぶのは他の誰でもない、きみたちだ。
善 、悪、正、邪、すべては取捨選択のもと、自分で決めていくのだ。
そうやって、自分の世界をつくっていくのだ。
さまざまな知識が、情報が、きみの周囲に現れるだろう。
あせらなくていい。ゆっくりと、ひとつずつ、じっくりと吟味していくがいい。
そしてきみが気に入ったものを、知識から真理に変えるがいい。
そうして一つずつパーツを集め 、自分の世界を作っていくのだ。
そしてそれができたとき、きみはあらためて気づくだろう。
世界のすべては、きみに選ばれるためにあるのだ、ということを。
選択如何にかかわらず、世界のすべてはきみのために存在するのだということを。
だからぼくは言お う。地球はぼくを中心に回っている、と。
そしてできればきみたちも、自分のためにこの地球を回すがいい。
・・・・・・ああ権次先生(ちなみに理科の先生)、心配し無く ていい。
何も地動説を否定しろ、と言っているわけではない。他者の否定はいけない。
・・・・・・思うに天動説の最大の間違いは、地動説を否定したことにある
・・・・・ ・いやいや閑話休題。
ぼくが言いたいのは、要するに、あくまでそれは知識である、ということだ。
それを単なる知識とするか絶対の真理とするかは、
あくまで自身の意思で 決めろということだ。それは常識に逆らえ、ということではない。
地動説を唱えたガリレオ・ガリレイだって、法廷では
・・・・・・(ここでまたも野次が入った)・・・・ ・・やかましい、
弟子の創作だろうがどっちでもいいわい・・・・・・とにかく、
ぼくだって理科の試験では、ちゃんと地球は太陽の周りと回る、と答えるだろう。
だがそ れでも、ぼくは心のなかでつぶやくのだ。
それでも地球は回る、と。
ぼくを中心に回っている、と。
そして諸君もできれば、自分を中心にこの地球を回して欲しい。
他の何にも惑わされず、自分の世界を作ってほしい。
そのための助けが必要なら、ぼくはいつでも力になろう。
ぼくは三束元生、部長である。以上だ
この演説だけでこの本を買う価値はあると思います。
A professional writer is an amateur who didn't quit. --Richard Bach
人が熱意を持って考え、できると明確に信じたことはすべて実現できる。
そうなるのであれば、それはわたし次第だ



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